2020年02月24日

北大阪電鉄の駅跡1

先日のびわ湖鉄道歴史研究会の研究課題として、湖東線の建設の歴史をさぐる学習をしようとなりました。関連して滋賀県を通る計画であった名古屋急行も採り上げていくことになり、名古屋急行を遡れば、京阪電鉄新京阪線であり、関連して北大阪電鉄も…ということになりました。それでまずは、開通当時の地図などから北大阪電鉄の線路変化を見ていきました。
自分は2016年〜2018年に吹田で仕事をしていたとき、通勤に千里線を使っていたので、かなりの写真を撮影しています。その中から北大阪電鉄の遺構らしきものがわかる写真を探してみました。

官設の京都−大阪間鉄道の線路跡を使った北大阪電鉄ですが、神崎川を渡る橋梁が有名でした。
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2016.02.26撮影 下新庄−吹田

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レールを使った架線柱には、「大一五」と記載
北大阪電鉄は大正10年に十三−千里山を開通している。大正12年には新京阪鉄道へ引き継がれ、大正14年二天神橋−淡路間を開業している。

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北大阪電鉄の線路は神崎川を渡ったあと、官設線とは離れて曲線区間に入ります。ここから半径161mで直角に向きを変えて東海道線をくぐりますが、この曲線の真ん中あたりに「東吹田」駅があったようです。この写真では踏切の向こう側です。

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踏切の向こう側、左に木立のあるあたりが「東吹田」駅跡です。この付近から急曲線で左へ分岐して国鉄側へU字に留置線があったようです。

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さらに進んで、ちょうど電車の走っているあたりが「東吹田」駅にあたります。この付近では急曲線で分岐して国鉄側へU字に留置線があったようです。

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国鉄をくぐるとすぐに吹田駅です。「西吹田」駅はホームの先の方にありました。

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吹田駅ホームを西側から見ています。石積みになっている部分が古いホームで「西吹田」駅跡と考えられます。電車の連結輛数が長くなって国鉄側へホームを延長しました。

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東吹田駅−西吹田駅 を地図で確認。 1923年大正12年 1:25000 吹田
右は現在の地図です。 今昔マップ on the web より
2020年02月24日 23:00 | コメント(0) | 阪急