2020年04月03日

旧東海道線大塚信号場跡

満開になってから長めに咲いているようです。

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居住地近くの公園の桜、個人的標本木です。

官設鉄道旧東海道線めぐりです。WEB上ではわりとたくさん掲載が見られます。今日は自動車で行ってみました。

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旧山科駅跡付近です。南側下り線のフェンス越しのJHの石碑です。
3/26に徒歩で来たときには、名神高速道路上の石碑に気づかなかったので、もう一度来てみました。フェンス越しに下からも見える巨大な石碑が建てられています。高速バス山科バス停より西側なので、これを撮影するには名神を走行中に撮るしかないのかなと思われます。

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名神をくぐって北側上り線沿いの側道に出てみました。信号待ち停車中に撮影。
こちらにも「名神起工の地」標識と解説板があります。石碑もあるようですが、ここからはよく見えません。動いてしまったので自動車からの撮影はできませんでした。

旧東海道線線路跡の道路を走って大塚信号場跡へ向かいます。


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自動車を降りて徒歩にします。25‰だったということですが、徒歩でもかなりの勾配です。左側の建物基礎が水平になっていますが、このあたりまで大塚信号場の引上線だったのではないかと推察しています。

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左下へ向かう急勾配の道のそばに妙見寺があります。交差点擁護壁面に大塚信号場に関する案内板が取り付けられています。線路が境内の中を走っていたとは考えにくいので、歩道のあたりに引上線があったということでしょうか。

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大塚信号場跡の解説板です。

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解説板を拡大してみました。

お寺の方へ行ってみます。

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妙見寺は急勾配道路の北側に沿っていますが、境内は平地になっています。傾斜地を切り取って創建したのでしょうね。

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振り返って南をみると、鳥居があります。左(東)の石垣が大塚信号場の路盤だったかどうか? 石積み自体は比較的新しく見えます。左奥にレンガ積みの遺構があります。

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鳥居の中へ入って奥へ進むと、解説板写真と同様の現物があります。

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大日本帝国陸地測量部 二万分之一 膳所 の一部分 「村」の文字下が妙見寺 
明治42年測圖同45年製版大正元年八月三十日発行
旧東海道線の京都−大津間複線化は明治30年1897年に行われ、信号場は大正2年1913年に開設されているので、この地図の測量時期では複線化はされているが大塚信号場まだ作られてないという時期の地図です。
2020年04月03日 23:00 | コメント(0) | 実物鉄道一般