2020年10月17日

着色してみた

高急グループWebページの更新を行いました。

20201017a.jpg
 汽車のけむり 続きです。
 すでに「古いネガから 2」に掲載していたものですが、再編集しています。

20201017b_1962mmdd_kizu_04.jpg
モノクロで撮影したものですが、一部の写真をネットのcolorizationサイトで着色してみました。

2020年10月17日 23:00 | コメント(5) | お知らせ

2020年10月16日

びわ湖の資料

60形びわこ号のことではありません。調べたいことがあって、資料を二つほど。

20201016a.jpg
大津歴博の特別展図録です。これは最近導入。

20201016b.jpg
こちらは半年ほど前の導入だったかな。


タグ: 図録
2020年10月16日 23:00 | コメント(0) |

2020年10月15日

Webページ汽車のけむり新掲載

高急グループWebページの更新を行いました。

20201015a.jpg
KRPPの「汽車のけむり」ページですが、場所だけ作っておいて中身は何もできていなかったのですが、ようやく少しずつ掲載へ向けて動き出しました。
「撮り鉄」と呼ばれる方々の写真からはほど遠い稚拙なものですが、ネガのデータ化も進んだので掲載に踏み切りました。蒸気機関車のいろいろなことについては、本やネットサイトでもう語り尽くされているところがあるので、蒸機に関してそれほど思い入れのない自分にとっては、キャプションを長々と書くことはありません。

20201015b.jpg
そんなわけで、今更感のページですが、撮ったものを整理して置いておく場所程度です。8からの掲載になっていますが、逐次前後しながら掲載を進めます。

20201015c_19710423_04_1824.jpg
掲載記事から一枚 山陰本線 馬堀駅 C5739牽引 1824レ 京都行普通列車

なお、8のリンクを開くといきなりキハ58系の写真がトップにありますが、当日の撮影順に掲載ですのでご容赦願います。
2020年10月15日 23:00 | コメント(0) | お知らせ

2020年10月14日

はじめのダイヤ

鉄道の日、ということで琴電の1014を貼ろうかと考えましたが、気を取り直してまずは原点の画像から。

20201014b_20191208.jpg
 2019年12月8日撮影

さて、新橋−横濱間が正式開業した時の列車ダイヤはどうなっていたでしょうか。
創業当時列車運行計画を担当していたページさんは、秘密裏に列車ダイヤを作り、そこから読み取った時刻表だけを現場に提供していたようです。なので開業時のダイヤは文書保管されてないですね。
しかし、提供された時刻表は史料として残っており、大正出版から「史料鉄道時刻表」として出版掲載されています。またネットで検索すると、国会図書館の「近代デジタルライブラリ」に鉄道開業時の時刻表があります。

20201014c_.jpg
国会図書館の「近代デジタルライブラリ」より引用

縦書きで漢数字12時間制で書かれ、「午前八字」「三字十七分」のように、「時」ではなく「字」が使われています。新橋−横濱間で駅は全部で6ヶ所、この時刻表からは駅間距離はわかりません。この時刻表から直接ダイヤを作っても良いのですが、わかりやすくするため一旦横書きアラビア数字表現の時刻表にしてみます。

20201014d.jpg
上下列車とも8時以降ジャスト0分の発車になっており、新橋−横濱間の所要期間は53分で、1日9往復。当時の新橋駅は元の汐留駅、横濱駅は現在の桜木町駅にあたります。
開業当時は単線の線路だったので、新橋と横浜を同時に発車した列車は、どこかの駅で行き違い、いわゆる交換をすることになります。時刻表を見ると、各時間帯の上下列車は川崎駅の発車時刻が同じであり、川崎駅で交換を行うようになっていました。この時刻表データをもとに列車ダイヤを書いてみると下記のようになります。

20201014e.jpg
すべての列車が川崎駅で交換していたことがわかります。12時〜14時の間は列車の設定がありません。職員の休憩や機関車の点検整備をしていたのではないかと思われます。

 列車運行をもう少し詳しく考察してみます。川崎駅での交換では発車時刻しかわからないので、上下列車が同時刻に到着発車するような書き方になっています。この列車交換停車の時間に関して、「史料鉄道時刻表」に岩倉使節団が乗車した列車の史料があります。その中に、川崎で品川行き列車を五分待避して行き違いを行う意の表記があります。

20201014f.jpg
 史料鉄道時刻表 から引用 
品川−横濱で80分かかっています。試運転が行われていた時期らしいですが、開業後の定期列車に比べると遅いです。
ともあれ、これを根拠として川崎での交換停車を5分の設定とし、川崎駅の時刻を毎時21分着26分発と設定してみます。

20201014g.jpg
このダイヤで列車は何編成必要か考えてみましょう。
創業時の列車は編成そのままを往復運用しており、両端の駅では53分着の00分発ですから、7分で折り返せば2編成で運用が可能です。しかし旅客の乗降や機関車の機回し、転車台での転向、連結して仕立てるには7分での折返しは厳しい時間です。牽引してきた機関車は切り離して留置、別の機関車を進行方向につないで仕立てる方法もありますが、前掲時刻表には「乗車セント欲スル者ハ遅クトモ此ノ表示ノ時刻ヨリ十分前ニ(ステイション)ニ來タリ切手買入其他ノ手都合ヲ為スヘシ」と乗客の行動規定を書いてますので、7分折返しではなく、もう少しゆとりを持って運用していたのではないかと考えられます。これらから、2編成で直近時刻での折り返し運用ではなく、1時間7分折返しとして都合4編成の運用と考えられます。
一方、当時の機関車と客車の数は、軸配置1B形の蒸気機関車が10両、2軸で全長5〜7m程度の客車が総数58両、貨車は75両、すべてイギリスから輸入されました。乗降場(ホーム)長さは新橋152m、横浜101m、中間駅76mで作られており、12両連結程度まではホームで乗降可能。
当時の客車は手動扉で係員が外から施錠していたので、到着から乗客の乗降、閉扉確認して発車となるので、各駅の停車時分もそれなりに必要となります。この停車時間を2分と設定し、4編成運用でダイヤを書いてみます。

20201014h.jpg
当時の新橋−横濱間の距離は29kmで所要時間53分
 表定速度 29÷53×60=32.8km/hです。

停車時間が合計11分あるので、53−11=42分が実走行時間です。
平均速度 29÷42×60=41.4km/hとなります。
比較的平坦な京浜間と思われますが、Bタンク蒸機で2軸客貨車十数両牽引でこの速度は結構速い?

鉄道百年1972年時刻表の京浜東北線、新橋−桜木町間の営業キロは28.9kmで開業時とほぼ同じ。途中11駅停車で37分走行、
表定速度は28.9÷37×60=46.8km/h やっぱり103系でも電車は速い。

 お土産品です。
20201014k.jpg
ちょっと気になって明治村の蒸気機関車は機回しに何分くらいかかっているのか、動画を上げているところなどを見てみると、手動転車台での転向も1分程度で行われています。結構短時間でやってますね。牽引してきた機関車を切り離して、反対側に別の機関車を連結する方法なら同時進行も可能なので、7分折り返しで2編成運用をやっていた可能性もあるかなぁと考えてます。

参考資料・サイト
史料鉄道時刻表 大正出版
新日本鉄道史[上] 川上幸義 鉄道図書刊行会 1967年
日本国有鉄道百年写真史 日本国有鉄道 1972年
陸蒸気からひかりまで 片野正巳 赤井哲朗 機芸出版社 1965年
鉄道保安要史 久保田 博 鉄道ファン
国会国立図書館デジタルコレクション 法令全書 明治5年 出版者:内閣官報局
マイナビニュース のりもの 列車ダイヤを楽しもう
国鉄監修 時刻表 日本交通公社
2020年10月14日 19:00 | コメント(0) | 実物鉄道一般

2020年10月13日

私鉄本

つい買ってしまいました。

20201013a.jpg
前面窓を開けて走っている写真が多くて新鮮な印象。南海の展望車の中央窓が開いていたり、奈良電デハボ1000の貫通扉窓が下降で開くのは知らなかった。
47ページ、デハボ1100は運転台窓開けてるし。
あれ、同じ47ページのデハボ1000の写真、場所が三条と書いてるけど、丹波橋じゃないかなぁ。
三条駅の架線柱はこんなに高くない。

20201013b_19710322.jpg
これは1970年代ですが、1950年代も架線柱高さは同じと思われます。

20201013c_19710322.jpg
たしか景観との関係で低い架線柱である、と書かれていた記事を見たことがあります。
少なくとも2段になっていることはないです。



2020年10月13日 23:00 | コメント(0) |

2020年10月12日

琴電1012床下機器

日付ネタでよく出てくる琴電のバス窓電車1012号を探しましたが、1012が先頭に出ているのは撮れていませんでした。

20201012b_19861108img_0073.jpg
1011+1012+1062 の3連  瓦町 1986.11.08


20201012a_19861108img_0088.jpg
1012号 床下機器  瓦町  1986.11.08

20201012c_19880111img_0021.jpg
1012号 床下機器  仏生山  1988.01.11  2枚合成

屋根上とか床下機器を集めていたので、きれいな編成写真とか撮れてません。

2020年10月12日 22:00 | コメント(0) | 古いネガから

2020年10月11日

23年経過

10月10日土曜日、所属クラブの NetMeeting 、22回目です。

20201011b.jpg
iPhoneもつないで、運転ボードの「勝手に関東合運」を中継。


さて、本日10月11日は京津線京津三条〜御陵間の地上線廃止から23年です。翌日から京都市交通局地下鉄東西線と乗り入れするため、架線電圧を1500Vに昇圧しますので、つりかけのまま残っていた260形と80形、350形は廃車です。

20201011c_19971011.jpg
 お別れ装飾電車 260形 261-262 四宮出庫の普通角札付き  浜大津交差点

20201011d_19971011.jpg
折り返し線へ引き上げて三条行き準急になる。左奥には翌日から営業に入る800系

20201011h_19971011.jpg
線路廃止標識と260形廃車標識 三条行き準急 262号

20201011g_19971011.jpg
三条へ向かう260形飾り付き編成 261-262 上栄町−浜大津

20201011f_19971011.jpg
 80形飾り付き編成 81-82  京津三条駅

20201011e_19971011.jpg
三条を出発して四宮へ向かう 81-82  京津三条

20201011k_19971018.jpg
廃車になる車輛は、10月11日夜に九条山駅付近の専用軌道に集めて留置されました。
一週間後の1997年10月18日撮影

廃車車輛はこの場所で解体されています。その後は道路拡幅に使われています。自動車でここを通るときは260形になったつもりで運転してます。


2020年10月11日 20:00 | コメント(0) | 京阪