2022年06月22日

街道鉄道軌道立体交差

所用で大津へ出かけました。京阪京津線電車座席からの車窓撮り。

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旧東海道線追分築堤をくぐります。街道の東海道があって、街道をまたぐように鉄道の東海道線ができて、その下を軌道の京津電軌ができて、鉄道の東海道線は勾配緩和のため新線へ移動して廃線、その跡地を名神高速道路に使った、という順番の立体交差点です。

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旧東海道線上関寺架道橋の下をくぐります。
ここも街道の東海道があって、その上を鉄道の東海道線を敷いた、そのスキマをくぐって軌道の京津電軌を敷いた、東海道線は新線へ移動して廃線、その跡地利用の国道1号線が複雑にからんだ立体交差点です。

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関蝉丸神社付近  京津線は左が上栄町方向、右が京都方向
向こうの緑の橋が街道の東海道、軌道の京津電軌は街道上に敷く計画だったけど、勾配緩和のためSカーブ連続で専用線路を敷いた。その下を新しく逢坂山トンネル掘って出入口にした東海道線という順の立体交差点です。

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会場は紺屋ヶ関を埋め立てて作られたところ。
ここでの関は、街道の関所ではなく、船からの荷揚場のことで、江戸時代、大津の湖岸には十数カ所の関がありました。

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今は京阪電車の踏切ですが、先に明治の官営鉄道が敷かれたところ。

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鉄道史料より。
1067mmゲージ単線で紺屋ヶ関駅がありました。そこへ大津電車軌道が1435mm線路を敷いたのです。

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紺屋ヶ関踏切から浜大津駅方向。ここから1067mm線路は分岐していました。留置線の終端がちょっと曲がっているのは、そのなごりかな。
フェンスの右側はびわ湖岸でした。右の青緑建物はびわ湖ホテル。柳が崎にあったけど、浜大津埋め立てして移ってきました。

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紺屋ヶ関踏切の警報機 左が坂本、右が石山寺
矢印ランプは上が上り列車の方向、下が下り列車の方向で京阪ルールです。



乗車記録
醍醐10:19東西線5614山科
京阪山科10:30京津線802びわ湖浜大津
びわ湖浜大津10:46石坂線612島ノ関
びわ湖浜大津14:48京津線852京阪山科
山科15:13東西線5117醍醐
2022年06月22日 23:00 | コメント(0) | 京阪