2021年03月17日

江若開業の頃の列車

江若鐵道開通式を伝える 大正10年3月13日付 大阪毎日新聞です。

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手持ちの画像資料は複写を重ねたものなので、記述の文章内容がほとんど読み出すことができません。3月13日に開通式を行う、ということのようです。
運転時間と運賃が掲載されていますが、文字はわかりません。かろうじて運転時間の漢数字が少しわかるかなという程度です。運転時間数字が並んでいる行数を数えると、下りが12本、上りが11本で書かれているように見えます。


「びわ湖鉄道歴史研究会」の資料によれば、

開業当時の「列車の編成は、3等客車4両と2等客車1両の5両編成で、1列車350人の輸送力を持っていた。運転時間は、三井寺・叡山間20分、運転回数は3往復。運賃は三井寺から叡山まで30銭、往復55銭であった。 『新旭町誌』627 頁
なお、「貨物輸送は未だ国有鉄道=官線に連絡していないため、ほとんどまとまったものは見られなかった。 『鉄道史学』江若鉄道の成立と大津市 NO2 藤田貞一郎 鉄道史学会 1985 年 88 頁
当時江若鉄道は、三井寺下〜叡山間に滋賀駅しかなく、所要16分で1日12往復のみの運転であった。 『京大鉄道研究会』江若鉄道

このような各種記述があるようです。
新旭町誌の「5両編成で350人の輸送力」となると1両70名の収容となりますが、10m足らずの2軸木造客車で70名は超満員状態になりそうです。
当時の三等客車の定員は54名だったので、5両編成で250人の誤記の可能性も考えられます。
「輸送力」なので実際に乗ったかどうかはわかりませんが。
列車運転回数については、開業翌日の3月16日から、比叡山延暦寺で伝教大師1100年大遠忌がおこなわれており、その参拝客輸送にも携わるとすれば、新旭町誌の「運転回数は3往復」は少なすぎるように思われます。
京大の「1日12往復」の記述は新聞の時刻表に近いです。

2区間3駅、所要時間16分とすれば、列車交換の必要もなく、当時の客車6両のうち5両を連結して、1編成で往復ピストン運行していた、ということになりそうです。
タグ:江若鉄道
2021年03月17日 23:00 | コメント(0) | 実物鉄道一般
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