2025年11月01日

大谷−追分

びわ湖鉄道歴史研究会の例会へ行ってきました。京津線大谷駅から追分駅まで歩きました。ついでに藤尾の歩道橋へも。

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大谷駅

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4連対応前は、手前の曲線部にホームがあった。

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大谷墓地踏切
踏切渡って名神高速をくぐると墓地があります。
この付近は架線柱にレールが使われています。


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一里踏切
横断歩道が無いので危険すぎて渡ることができません。

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名神高速交差部
1880年官設東海道線開業から、1921年新逢坂山トンネルへのルート変更まで41年間、名神の部分に旧東海道線が走っていました。

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この付近の架線柱のみトラスビーム構成となっている。基礎部分の面積がとれなかったたもなのか、枕木方向で裾が絞られた形になっている。しかしレール方向では裾拡がりに構成されて強度を保っているのか。なかなかに複雑な造形物であります。

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追分歩道橋から旧東海道線交差部方向
名神の桁の下辺あたりを、線路が通っていたと思われます。

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追分駅から少し京都側 緑ケ丘運動場跡地だそうです。

藤尾の東海道線湖西線をまたぐ歩道橋へ来ました。ここは初めてです。
とある友人の話では湖西線ができるまでの歩道橋は低かったそうです。
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山科駅方向を望む

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大津方向を望む



乗車記録
醍醐8:34東西線5504山科
京阪山科8:48京津線808大谷
藤尾小金塚12:10京阪バスか4210山科駅前
山科12:35東西線5107醍醐

2025年11月01日 23:00 | コメント(0) | 京阪
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