2020年03月26日

旧東海道線山科駅跡

近所の万千代川の桜です。

20200326b.jpg
一部の枝だけ開いています。

20200326c.jpg
西側に面した方です。

20200326d.jpg
婦負心高速道路起工の地へ行ってみました。地下鉄小野駅から近いです。

20200326e.jpg
ここは官設鉄道旧東海道線の山科駅跡地でもあります。

20200326f.jpg
大きな解説パネルがあります。

20200326g.jpg
旧東海道線山科駅跡に関する解説部分です。

2020年03月26日 23:00 | コメント(0) | 実物鉄道一般

2020年03月01日

江若鉄道創立百周年記念切手

江若鉄道の会社創立は大正9年2月17日です。西暦1920年なので今年で100周年に当たります。

20200301a.jpg
こんな記念切手が発売されました。
2月25日から販売開始、1350シート、大津市、高島市、草津市の郵便局75局で販売

滋賀県の郵便局での販売なので、日本郵便の通販で購入しました。
わりとよく見かける写真もありますが、あまり見たことないのもあります。江若の代表的スタイルのキニ9〜13がないのが残念。
タグ:江若鉄道
2020年03月01日 23:00 | コメント(0) | 実物鉄道一般

2020年02月18日

天王寺支線

古いカラーネガスキャン作業の続きです。

1993年1月3日、住吉大社の帰りは南海電車天王寺支線です。南海本線天下茶屋から国鉄天王寺までを結んでいた線区ですが、1984年に天下茶屋−今池町が廃止され、南海と縁のなくなった今池町−天王寺間だけが残っていました。それがこの年の4月には廃止されてしまうことになり、最後のチャンスを見に来ました。

20200218_19930103_img_0012.jpg
1521系 両運が単行で仕事してました。  今池町  ガーダー上は阪堺線

20200218_19930103_img_0013.jpg
終点標識が見えます。 廃止が近いので撮影の人も多くなっています。

20200218_19930103_img_0014.jpg
ホームで待っていたら、阪堺線電車が通過。 上下ツーショットは難しい。

20200218_19930103_img_0019.jpg
そのあとどうしたか忘れましたが、新今宮で こうや号 を撮りました。

タグ:南海1521
2020年02月18日 23:00 | コメント(0) | 実物鉄道一般

2020年02月05日

江若ダイヤ

1月9日のびわ湖鉄道歴史研究会で配付された資料に、江若鉄道の大正13年11月1日改正時刻表がありました。

20200205b.jpg

時刻表復刻版戦前編に入っているようですが、自分は持ってないので未確認です。その資料を使って、Oudiaに入力してみました。

20200205_江若鉄道T131101改正ダイヤ.jpg
この時期は三井寺下−和邇間が開通していました。車輛も少なくて、蒸気機関車3両、客車10両、貨車12両という陣容です。
2編成で運用できるようなダイヤで、叡山駅で行き違いをしていました。

2020年02月05日 23:00 | コメント(0) | 実物鉄道一般

2020年01月29日

跨線橋の高さ

先日の運転会で小菅氏が製作中の跨線橋を拝見しました。その設置をめぐって、線路を跨ぐ部分の高さをなるべく低くしたいがパンタ付きの車輛は通したい、という方針であることを伝えられました。
運転会当日は、各自の持参したパンタ付き車輛を実際に通してみて高さの状況を調べましたが、車輛限界や建築限界の規定はどうなっているのか、話題に上がりませんでした。そこで資料を調べてみました。

ネット上にもいろいろ出ているようですが、まずは自分の手持ち書籍から引用します。 第一法規発行 運輸省鉄道監督局 監修 「鉄道六法 1978」 からです。古い資料ではありますが、「国鉄時代」の規程がわかります。
車輛限界から先に書きます。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
日本国有鉄道建設規程 第三章 車輛 第一節 車輛限界
第五十六条 車輛ハ左ノ各号ニ掲グルモノヲ除キ直線軌道上正位ニ於テ第四図ニ示ス車輛限界外ニ出ザルモノタルコトヲ要ス
  (各号は掲載省略します)
註 架空電車線ニ依リ電気運転ヲ為ス車輛ノ屋上装置は車輛限界ノ示ス所ニ依リ其ノ基礎限界外ニ出ヅルコトヲ得レドモ架空電車線ニ依ル運転区間以外ノ以外ノ区間ヲ運転スル場合ヲ考慮シテ屋上装置を容易ニ取外シ又ハ集電装置ヲ折畳ミテ基礎限界内ニ収メ得ル構造ト為スベキモノトス

20200129c_JNR_syaryogenkai_1978.jpg
第四図 車輛限界(単位粍) 〔第五十六条〕

関連して、架線(架空電車線)に関する高さの規程です。

日本国有鉄道建設規程 第四章 電気施設 第一節 電車線路及び饋電線路
第九十一条 電車線の高さは軌条面上五メートル以上五・四メートル以下としなければならない。ただし、隧道、雪覆、跨線橋、橋梁、乗降場上屋庇その他これらに類するもののある場所及びこれらに隣接する場所においては、その高さを四・五五メートル(踏切道における交流の電車線にあっては、四・八メートル)まで減ずることができる。

地方鉄道建設規程 第四章 電気施設 第一節 電車線路及び饋電線路
第六十五条 架空単線式の電車線(鋼索鉄道の電車線を除く。)の軌条面上の高さは、軌間が一・〇六七メートル又は一・四三五メートルの鉄道にあっては五メートル以上五・四メートル以下とし、軌間が〇・七六二メートルの鉄道にあっては五メートル以上五・二メートル以下としなければならない。ただし、隧道、雪覆、跨線橋、橋梁、乗降場上屋庇その他これらに類するもののある場所及びこれらに隣接する場所においては、その高さを走行する車両のうち集電装置を折りたたんだ場合の高さが最高であるものの高さに四百ミリメートル(変電所の饋電側に連絡遮断装置を設け、かつ、いずれの列車又は車両内からも変電所又は電力指令所に連絡通報できる通信設備を設けている鉄道においては、二百ミリメートル)を加えた高さまで減ずることができる。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
762ミリゲージ鉄道の架線高さも5m以上なので、北勢線などでパンタグラフがすごく高く上がっているように見えてしまうのですね。地方鉄道で架空電車線方式の車輛限界や建築限界の図を見つけることができませんでした。

続いて建築限界の規程です。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
日本国有鉄道建設規程 第二章 線路 第四節 建築限界
第十七条 建物其ノ他ノ建造物等ハ建築限界内ニ入ルコトヲ得ズ
第十八条 直線ニ於ケル建築限界ハ第一図ニ依ル

20200129a_JNR_kenchikugenkai_1978.jpg
第一図 建築限界(単位粍)〔第十八条〕

20200129b_JNR_kenchikugenkai_b.jpg
第一図の凡例です。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
これらによると、国鉄私鉄とも1067mm軌間鉄道の架空電車線は5m以上5.4m以下で、跨線橋下では4550mmまで下げられるということです。跨線橋における建築限界は二点鎖線になるので、高さ5050mmまで下げられるとなります。500mmの間がありますが、架線支持物などのスペースということでしょうか。

さて、そのまま縮尺して模型にすると、架線を張らないでパンタを上げているので、問題が起きることになります。
2020年01月29日 23:00 | コメント(2) | 実物鉄道一般

2019年11月01日

五十年前

五十年前の昭和44年1969年10月31日、江若鉄道の営業最終日でした。翌11月1日にお別れ列車が走りました。
当時は高校生だったので、10月31日は金曜日、11月1日は土曜日で授業があるため、どちらの日も行くことは出来ませんでした。欠席してでも写真を取りに行く、という発想はありませんでした。

せめて記念乗車券くらいは自分で買いに行こう、と10月26日の日曜日に購入しています。
20191031_kojak_kippu03.jpg
発売最低額の浜大津−雄琴温泉間です。

20191031_kojak_kippu04.jpg
2枚購入して1枚に入挟してもらいました。

この日もこれを購入しただけで、写真は撮っていません。

江若写真はWebページの方へ掲載していますが、1枚くらい出しておきます。
20191101_19680421014.jpg
昭和43年4月21日撮影 浜大津駅


20191101d.jpg
 江若鉄道廃止は1969年10月31日ですが、翌11月1日に装飾された車輛でお別れ列車が運転されました。そのときのダイヤが鉄道ピクトリアル685号に掲載されています。京都大学鉄道研究会OBの西城浩志氏の記事中ですが、ピク誌掲載のダイヤは、西城氏が自動車で撮影取材されたスジが書き込まれており、少しわかりにくいものとなっています。
その掲載記事のダイヤを拡大コピーし、書き込まれていた時刻を読み出し、不明部分は推察も入れて交換駅がズレないように調整数字を入れて、ダイヤ作成ソフトOuDiaで作成したものです。

10月25日に作成掲載したものを少し改造しました。装飾花列車は赤色線で書いています。
車両の編成は6列車と10列車は確実ですが、他は推測や不明の状態です。
2019年11月01日 23:00 | コメント(1) | 実物鉄道一般

2019年10月25日

江若お別れダイヤ

江若鉄道廃止は1969年10月31日ですが、翌11月1日に装飾された車輛でお別れ列車が運転されました。そのときのダイヤが鉄道ピクトリアル685号にあるのですが、確認したいことがあって自分でも作ってみることにしました。

20191025a.jpg
使ったソフトはOuDiaです。細部の時刻は推測による入力もあります。

2019年10月25日 23:00 | コメント(0) | 実物鉄道一般

2018年12月09日

両開き扉新幹線電車

昨日配付された資料の読み直しや関連資料の整理などしていましたが、本格的に寒いので暖房装置を稼働することにしました。

20181209a.jpg
部屋には電暖装置も備えているのですが、コスト的な面から石油温風暖房機を導入しています。ウェバスト式…ではなくてブンゼン式燃焼装置です。

さてこんな本を入手しました。
20181209b.jpg
序文には、「新幹線計画当初から直接計画実行に当たられた関係者がその時々の考え方を毎月発行の日本鉄道運転協会誌に発表されたものを集録」とあります。

20181209c.jpg
運転計画を解説した章で、新幹線用電車と書かれた図面がありました。完成した0系とおよそ同じような外形をしていますが、大きく異なるのは客用扉が両開きになっています。

20181209d.jpg
戸袋窓はありませんが、1000mm幅の両開き扉が各車2ヶ所となる図面になっています。パンタグラフは菱形、スカートは台車の部分だけ上がった形になっています。
この内容の掲載は昭和35年6月となっていますので、この頃の計画では両開き扉で考えられていたのでしょう。試作車は片開きで作られていますので、この後に変更されていったものと思われます。
ただ、この図1-2についての解説は、この本の全体にわたって何も掲載がありません。運転協会の本なので、「高速走行で営業運転すること」に関する内容がほとんどです。両開き扉新幹線電車がいつ考えられて、いつごろどうして片開きになったのか、探求してみたいところです。

完成後の姿とは多少変わった点もあるが、
タグ:新幹線 0系
2018年12月09日 23:00 | コメント(2) | 実物鉄道一般

2017年12月27日

京津線走行音(続)

京阪電鉄京津線の走行音作業続きです。

何とMDメディアに録音しているものがいくつかありました。一時期に隆盛となったMDですが、長続きしないうちに終了したメディアになってしまいました。

20171227a.jpg
とりあえず再生機器は確保してあるのですが、これまた長期間再生をしたことがないので、機能するのか心配ではありましたが、無事に音も表示もリモコン制御も効きました。

20171227b.jpg
MD再生アナログアンプの録音出力からPCへ取り込み中。これはD→A→Dと変換していることになるのかな。

掲載容量の関係で一部区間だけとなりますが、京津線260形の逢坂山越えサウンドをお聞きください。大正時代からのDK-9Cモーターが軽やかなツリカケ音で勾配を登ります。
1997年10月11日録音 京津線 準急 82列車 260形262号
追分→大谷

20171227c.jpg
最終日の260形262-261  浜大津
サヨナラ装飾付きで四宮から出庫のため、四宮−浜大津の角板をつけています。
浜大津折返しで三条−浜大津の準急運用に入っています。

録音全区間は後日WebページおよびYouTubeへ掲載します。


2017年12月27日 23:00 | コメント(2) | 実物鉄道一般

2017年12月26日

京津線走行音

リクエストをいただいていたのですが、京津線だけデジタル化の処理がまだできていませんでした。はたしてカセットデンスケは動いてくれるのか…

20171226a.jpg
SONYカセットデンスケTC-D5です。一度修理に出していますが、さすがに丈夫です。外側のゴムの部分が劣化してきているようですが、再生機能は無事はたらいてくれました。内蔵スピーカからは音が出ませんが、出力端子からPCへ取り込むことができました。

掲載容量の関係で一部区間だけとなりますが、80形のダイナミックな走りをお聞きください。
1997年10月10日録音 京津線632列車 80形88号
蹴上→九条山

御陵〜京津三条が廃止になって20年ですね。そういえば地下鉄東西線開業20周年イベントとかをやってました。

20171226b.jpg
浜大津→三条で到着した85-86 最終日1997年10月11日撮影
折返しは四宮行きとなります。

録音全区間は後日WebページおよびYouTubeへ掲載します。

2017年12月26日 23:00 | コメント(0) | 実物鉄道一般