2026年02月04日

車輛塗粧の變遷

客車漆塗りの真似事をやってみる作業ですが、しっかりと乾いてきたと思われます。
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艶有りで写真撮るのが難しいです。
ここからどうするか、実物のように日にさらして様子をみるか…


日本塗料工業史、車両塗装の變遷 続きです。

20260204_日本塗料工業史車輛塗粧の変遷_P1255.jpg
第一節明治時代の3内部塗粧法
画像処理が良くなくて読みにくくなってしまいました。

テキスト書き出しします。
1255〜1256ページ
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3.内部塗粧法
 1.目止塗 砥ノ粉をゴールドサイズ、ボイル油、テレビン油で練合わせたもの。刷毛塗又は篦シゴキして古布で拭う。2回行う。
 2.ワニス塗 コーパルワニスを2回塗布。
 3.砥石水研ぎ又は砂摺水洗い 前項同様。
 4.ボデーワニス塗 ボデーワニスで仕上塗を行う。

大体以上の塗粧法であったが、水野金雄の父が神戸工場時代には目止塗料がなく欅の立派な板にゴールドサイズを刷毛塗して粘りの来た時、金篦で扱取り木理の中だけへ入れて乾燥する。又ゴールドサイズを塗って扱き取る。斯様な事を2,3回反復して、砥石水研ぎを行いコーパルワニスを塗り、ボデーワニスで仕上げると云う方法で非常に手数を要したものである。当時の塗工は多く漆塗師か、渋塗師がペンキ塗工に成ったもの故、漆塗師が此の目止塗を見て漆塗の泥地(砥ノ粉を謬水 膠水(にかわすい)で練り合わせた下地塗料)の事から思い付き、砥ノ粉とゴールドサイズと練合せた塗料を篦で扱き込む目止塗を考案したとの事である。相当立派な塗粧が出来たが塗工の悩みは毎年5月から7月頃であった。寒い時分から入梅期に掛けて塗装した車輛を工場外へ引出した時、日光の直射を受けると所々あぶくの様に膨れ上る事があった。是れには何処の塗工も強く悩まされた。或時は下地パテに鉛白、鉛丹、等を多量に混入し堅い下地を作り、砥石水研ぎに2倍以上の時間を費やしたり、或時は砥ノ粉を多くして軟かい下地を作ったり色々と苦心されたが、外へ出すと膨れ上るので始末に困ったものであった。内部もワニス仕上であるから夏期に成るとベタベタとして余り良い感じで無く、婦人が薄物の晴着をワニスに取られたと云う笑えぬ話も有った。然し此の点はセラツクゴムの輸入に依りアルコールニスとして手の触れる部分を塗り粘着性の無い塗粧を施す事が出来て解決した。
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内部も砥の粉目止めとニス塗りで、明治の木造車両では標準的工法として漆を使うということはあまり無かったということでしょうか。

ここで、語句の意味をメモしておきます。
ワニス=Varnish、ニスは、樹脂を油や溶剤に溶かした透明・半透明の塗料
棰木(たるき)=屋根の棟から軒へ斜めに渡す木材を指す
白鉛(はくえん)=鉛白(えんぱく)=塩基性炭酸鉛を主成分とする泊食顔料
堅練(かたねり)=原料を硬く(粘り気や粒子濃度を高く)練り上げること
油煙(ゆえん)=油が不完全燃焼した際に発生する、微細な炭素の粒子(すす)
ゴールドサイズ=樹脂ワニスを転用したもので、手軽に使える金箔接着剤
テレビン油=松の樹液や木材を蒸留して得られる透明な揮発性精油
コーパルワニス=熱帯植物の天然樹脂(コーパル)を原料とした乾燥早堅牢光沢ワニス
ニゴリ塗=ソリッドカラー・メタリックカラーなどにクリヤーを混合して塗装
パミストン=pumice stone、軽石、非常に多孔性の種々の火山岩
ボイル油=煮亜麻仁油
謬水(びゅうすい)は、主に美術や特定の専門的な文脈で、付着性に優れ煮沸・溶解された水を指す用語
訂正2026.02.07
謬水(びゅうすい)は漢字認識の間違いで、膠水(にかわすい)が正しいようです。
元の本の画像をしっかり確認するべきでした。
林さん、コメントありがとうございました。
他にもあるかもしれません。

2026年02月04日 23:00 | コメント(5) | 実物鉄道一般

2026年02月03日

車輛塗粧の變遷

木造鉄道車両の漆塗装について興味が出てきたので、国立国会図書館デジタルコレクションの日本塗料工業史を開いてみました。

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このままでも良いのですが、テキストに書き出しておくことにします。

1254ページ
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第二章 車輛塗粧の變遷

 明治29年、日本車輛製造株式会社が創立されるまで鉄道省の車輛工場は新橋(今の大井工機部)神戸(今の鷹取工機部)の2工場の外、山陽鉄道の兵庫工場、関西鉄道の四日市工場、日本鉄道の大宮工場等で車輛の修繕塗替等を行って居たが殆んど外国車輛の輸入に依ったもので有る。

第一節 明治時代

1.油性下地ペイントワニス塗粧法
  明治時代の車輛は長さ9米位の単車から14、5米位のボギー車で総て木造車であって外部塗粧は油性下地ペイントワニス塗粧法であった。室内は屋根板の裏面が天井に成って屋根ダルキの見える不体裁なもので天井も棰木柱も化粧板から建具まで生地見せワニス塗粧であった。

2.外部塗粧法
 1.生地固め塗 白鉛ペイント堅練、油煙をゴールドサイズ、テレピン油で調合した、早乾性鼠色ペイント。
 2.下地パテ付2,3回 鉛白地塗粉、砥ノ粉、油煙をゴールドサイズ、テレピン油で練合わせた中練ヘラ付塗料。
 3.下地パテ刷毛塗 上記下地パテをテレピン油で希釈したもの。面廻りのようなヘラの使えない処を1,2回刷毛塗する。
 4.砥石水研ぎ バミストン、天草砥石、青砥石等にて下地を水研し滑らかな塗面を作る。
 5.下地固め兼色下塗 油煙、紅柄等をゴールドサイズ、コーパルワニスで練り、テレピン油で稀釈し、1〜2回塗布す。
 6.上 塗 洋紅(クリムソンレーキ)をゴールドサイズ、コーパルワニスで練合せテレビン油で稀釈し1〜2回塗布す。
 7.ニゴリ塗 コーパルワニスに上塗料を混ぜた塗料でワニスだけ塗るとムラが出来易いから、ワニスの変りに此の塗料を塗る。所に依ってコイキ又は「コミ」とも云う。
 8.コーパルワニス塗 コーパルワニス塗布。
 9.砥石水研ぎ又は砂摺水洗い パミストンでワニスの上を簡単に研いだ上、ストン粉又は磨砂で粉摺を行い水洗いする。
 10.標記記入 紋章、番号、等の記入だけでなく電車は幕板及び窓、柱に2分位の赤線又は黄線を入れ、腰板の四辺には金箔で唐草模様を画き4分位の金筋を入れた綺麗なものであった。
 11.仕上ワニス塗 水洗の上、ボデーワニスを刷毛塗して仕上りとする。
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とりあえず本日はここまで
全部刷毛塗り工程のようなので、なかなかのお手間入りです。
1-3 白い鉛白と黒い油煙を混ぜて鼠色の下地。
5 色下塗りが黒い油煙と褐色の紅柄を混ぜたもの。ここで暗赤色系の下地となる。
6 上塗工程でクリムソンレーキを使っているので、どんな色か調べてみました。

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なるほど、開業期の錦絵などには赤い客車が良く書かれていますが、納得できる色ですね。

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顔料として販売されているようです。

電車は金箔で唐草模様ですか〜…資産価値上がりますね。
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これは明治43年の京阪電車1形模型ですが、たしかに金線入ってます。

タグ:塗装 漆工
2026年02月03日 23:00 | コメント(0) | 実物鉄道一般

2025年01月13日

江若鉄道安曇川駅線路図

江若鉄道安曇川駅の線路配置について疑問点があります。

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江若鉄道車両五十年に掲載されている「線路一覧略図」から、安曇川駅付近のところを切りだしたものです。
島式ホームをはさんで外側に側線があります。上にある貨物ホームに向かって近江今津側から分岐があり、貨物ホームへ達するところで終端になっています。

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しかし、前日掲載の自分が撮影した写真では、分岐もなく側線もなくて江若バス置き場になっています。元々は存在していて、いつの時期かに線路を撤去したのか、という疑問が湧いてきます。

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線路図と撮影画像の方向を揃えてみました。矢印部分の線路が撮影画像ではなくなっています。この線路図には作成年月が記載されていないので、時期の特定ができません。参考になるのは、となりの水尾駅に行き違い設備や側線が書かれています。自分の知っている水尾駅は行き違い設備は撤去されていて棒線駅になっていました。で、この撤去時期もわからないのです。

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ウィキペディアの安曇川駅(江若鉄道)の項目には、鉄道ピクトリアル1967年の私鉄車両めぐり竹内龍三氏の記事から出典したものが掲載されています。これは両開きポイントで島式ホーム貨物側線有で書かれています。

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しかし、廃止最後の頃に撮影されたビデオでは、両開きポイントでなく、下り本線側が直線でホームへ続いています。昭和44年7月に故沢源一氏が撮影されたもので、大津市歴史博物館企画・制作のDVD「映像でたどる大津の記録」に収録されている動画から切り出しました。

RMライブラリ251号36ページにも線路図が載っていますが、「線路一覧略図」から引用されたもののようで、貨物ホームへの分岐が書かれています。
京都大学の鉄道研究会雑誌にも河田耕一氏の作図が掲載されていますが、水尾駅と安曇川駅は江若史料と同様の配線になっています。しかし水尾駅には「無人交換設備無し」と注釈が入っています。河田耕一氏の調査は昭和34年/1959年6月ということです。

自分の写真は昭和38年/1963年なので、この期間に安曇川駅の側線撤去の変化があったのか…?
調べていくほど迷宮入りとなります。


タグ:江若鉄道
2025年01月13日 23:00 | コメント(0) | 実物鉄道一般

2024年09月09日

和邇駅跡歩きFW

9月8日、和邇イベントの続きです。

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トークショーの会場、和邇コミュニティセンターです。
江若鉄道と西近江路の交差直近にあります。

福田氏のお話が2時間ほど。
そのあと和邇駅跡フィールドワークです。

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左端の建物がコミュニティセンター
赤ラインのように線路が通っていた。

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西近江路を背にして和邇駅構内方向です。
道路は駅へ向かう道で赤ラインのように構内が展開していた。

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元の駅舎付近で解説を聞く。
現在の和邇駅跡構内はモダンな住宅地になっている。

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今回は和邇駅北方の喜撰川橋梁跡まで案内してもらえた。
自分ではここまで行ってなかった。

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喜撰川橋梁跡を見学する。
夏草で覆われてよく見えないが、コンクリートの橋台が残っている。
折しも新快速敦賀行きが通過。

2024年09月09日 23:00 | コメント(1) | 実物鉄道一般

2024年07月06日

初めてのナロー

ナローの日ということで、初めての撮影と乗車体験を。
え〜と、軽便祭的には1067mmゲージ未満ということだったかな?

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最初に撮影機会になったのは糸魚川の東洋活性白土専用線です。
1971年8月8月28日、信濃木崎で合宿していたのですが、自由行動日に出かけるところとして、急に思いついたのでした。地図も何も準備してなくて、糸魚川駅から確か西へ行けば踏切があると、TMSで呼んだ記憶を頼りに国道8号線を歩きました。

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製品を満載して編成された列車。
協三工業Bタンク機で積替ホームまで推進運転します。

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こちらは積替ホームです。
右側の立派な線路は北陸本線1067mmナローゲージです。

初めて撮影したナローには乗れなかったので、はじめて乗車のナローを。
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1971年9月6日  近鉄北勢線 阿下喜駅

駅撮りでは乗車証拠いならないので、車内写真を。

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1971年9月6日  近鉄八王子線 サニ112

2024年07月06日 23:00 | コメント(0) | 実物鉄道一般

2024年06月27日

京都鉄博

お誘いがあったので出かけてきました。

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平日10時半なので入口で行列ということはないです。

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神戸−大阪鉄道開業150周年HMをつけたC62が迎えてくれます。

機関庫の方へ行きます。
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DE10 1156牽引でDLスチーム号というのが走っていました。
SG搭載しているのでスチーム号でもOKでしょう。
客車は12系になって特別なことらしい?
あ〜廃車前イベントなのか。

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同行したKSG氏の第一ミッションはD51 1号機。
これのテンダ増炭枠の形を研究することらしいです。

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なるほど、なかなか複雑な形をしているようです。

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私はこれを拝見します。

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第二ミッションはレストランからの撮影会。

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これが来るらしいということでしたが、7両で画面左右いっぱいです。

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いろいろ見学して外へ出たらC56 160が給炭給水作業してました。
転車台へ乗って2周回って扇形庫の中へ入りました。
明日からは12系牽引、SLスチーム号となるようです。

乗車記録
醍醐9:48東西線5514山科
山科10:02東海道線モハ223-2002京都
京都10:11嵯峨野線クモハ223-****梅小路京都西
梅小路京都西17:02普通クハ222-****京都
京都17:26奈良線モハ204-1005六地蔵
六地蔵17:52東西線5213醍醐
2024年06月27日 23:00 | コメント(0) | 実物鉄道一般

2024年02月22日

井笠鉄道記念館

ポジフィルムのデータ化続き。1999年〜2001年はネガフィルムだけで、ポジフィルム撮影をしていなかったようです。
1998年5月3日まで戻って、NiftyのFTRAINMのオフだったかで広島へ行った帰りに立ち寄った井笠鉄道記念館です。

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井笠鉄道 新山駅跡を利用して設けられた記念館です。

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笠岡駅からバスがあるのですが、時刻が合わなかったのでタクシーを使いました。

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コッペル+ホハ+ホワフ が保存されています。

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コッペル1号機 B形です

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新山駅駅名票 と ホハ1

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スポーク車輪とホハ1

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ホハ1の車内

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ピンリンク連結器 左がコッペル 右がホハ

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ピンリンク連結器 上がコッペル 下がホハ

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ホワフ1

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ホワフ1  車掌室側から

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鉄道記念館スタンプ

現在は笠岡市が引き継いで展示が行われているようです。

2024年02月22日 23:00 | コメント(0) | 実物鉄道一般

2024年02月02日

長崎の2002号

日付遊びネタ続きで、嵐電2002号でも良いけど、違うところを探し出してきました。

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長崎電気軌道 2002号 長崎駅前  1981年2月13日

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長崎電気軌道 2002号 公会堂前  1981年2月13日

新婚旅行のときに撮影したものです。

2024年02月02日 23:00 | コメント(0) | 実物鉄道一般

2023年12月06日

1201形の台車

南海1201形の台車について、買い置きがないのか確認してみた。

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1217号台車 私鉄電車のアルバムでは汽車会社K−16となっている
D-16を採寸して作られた模倣品ということです

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台車箱を捜索します。 ブリル台車が多い。

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おっ、KS33をのけたら下にあった。
カワイのブリルは中学生の頃に買ったやつかな。50年以上前だ。

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D−16を確認してみる。手前のは台車枠を塗装してある。
1201形をJMで作るとすると、スポークの輪軸が必要になるのか…

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とりあえずパンタと台車があることがわかったので、キット箱の中へ入れておこう。
床下機器とかが箱の中でバラけているのもまとめておかないとあかんな。

タグ:台車 南海
2023年12月06日 23:00 | コメント(2) | 実物鉄道一般

2023年12月05日

1201形のパンタ

12月2日土曜日、所属クラブの NetMeeting 、第205回です。

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乾杯画像の連続になったけど、実施日的にはこちらが先です。

先日の南海1201形について、パンタ付近を撮ってないか調べてみた。

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これを見ると標準的なPT42を付けていたのですね。 1988.03.31 貴志

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台枠を上下ガイシではさむタイプ 1991.01.27 和歌山

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真横写真もあった。 1988.03.31 和歌山
そうか、キットもこの頃に組んでいたものかな。

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模型パーツを探してみた。フクシマの古いのが三つほど残っていました。

コレを使えば続きが作れそうだけど…
台車D16かな、買い置きは無いようなので、新品調達ですかねぇ。

2023年12月05日 23:00 | コメント(0) | 実物鉄道一般