2020年09月10日

大津駅と安曇川駅

古いネガの見直し作業の続きです。ついでに、カラー化してみました。

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国鉄大津駅 駅舎 東京駅を模して作られたそうです。  1963年

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 カラー化してみました。 あまり変わらない、というか大津駅舎の色は記憶の底にも残ってないので、こんな色だったのか、と納得するしかない。

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江若鉄道 安曇川駅  1963年

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 カラー化してみました。なかなか良い感じ。ホームの待合室はベージュ系だったのかな。


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こんなソフトウェアというか最近はアプリというらしいけど、インストールしてみた。
使い方はわからないので、そのまま終了しただけ。
2020年09月10日 23:00 | コメント(0) | 古いネガから

2020年09月09日

木津付近

古いネガのチェックを進めています。1962年に木津あたりで撮影したものです。コニカオートSのレンズ解像力不足でしょうね。フィルムはコニパンSSですが、なんとかスキャナにかけることができます。

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 D51単機ですが番号は読めません  関西本線 木津−奈良  1962年

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 C11単機と思われますが番号は読めません  関西本線 木津−奈良  1962年

 C11は片町線か奈良線でしょうか、奈良機関区の出入りと思われます。

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 D51牽引の客車列車  関西本線 木津−奈良  1962年

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 カラー化してみました。 全車ぶどう色2号的な色彩になりました。2両目あたりアルミサッシ青客車かと思われましたが、どちらともいえない微妙な結果になっています。

この頃の関西本線を1961年10月号時刻表で見ると、奈良−木津の上り客車列車は
湊町発 鳥羽行342列車 奈良10:10→木津10:24
湊町発名古屋行214列車 奈良12:16→木津12:25
湊町発名古屋行216列車 奈良15:25→木津15:36
この3本くらいです。たしか、お弁当食べながら、ついでに写真を撮っていたような記憶がありますので、214列車あたりではないかなと思われます。

下り列車も可能性は考えられますが、撮影場所の特定をしてみると、やはり上り列車ですね。

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上から写真で撮影場所を探してみました。木津−奈良間は結構距離が長いのですが、線路と後ろの山の関係や神社の参道のようなところでお弁当を食べていた記憶があるので、おそらく岡田国神社のあたりと思われます。神社とか池とかはネガに入ってないですが。参道から南南東方向に向けて撮っているようで、左が木津、右が奈良になります。したがって、旅客列車は上り列車に間違いないです。

後ろの山を切り崩してバイパスができるようです。今の段階で確認できてよかった。
タグ:D51 C11 カラー化
2020年09月09日 23:00 | コメント(0) | 古いネガから

2020年08月11日

弘南線掲載

日付遊びではなく、東北私鉄の古い写真掲載作業の続きです。

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 1972年8月20日、庄内交通の続きで弘南鉄道弘南線へ行きました。

鶴岡から気動車急行でひたすら移動、秋田県を抜けて青森県へ。弘前駅の弘南線ホームで乗り換え電車を待っていると…

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 おおっ! いきなり来ました元阪和モヨ100!

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 旧国を譲受したモハ1121 サハをはさんだ3連のようです。  平賀駅

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貨物列車も走っていました。  平賀駅

2020年08月11日 23:00 | コメント(0) | 古いネガから

2020年07月27日

山交高畠線掲載

東北私鉄の古い写真掲載作業の続きです。

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 1972年8月21日、山形交通高畠線へ行きました。

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 糠ノ目駅を発車して高畠へ向かうモハ2

上りの夜行急行「津軽2号」でのデッキ立席で疲れたようです。駅撮りしただけになりました。

2020年07月27日 23:00 | コメント(0) | 古いネガから

2020年07月26日

池上電気鉄道の電車

庄内交通のデハ103+デハ101について、手持ち資料を再検索、東急関係の本を探し出してきました。鉄道ピクトリアル269号1972年9月号です。P64の記述から。

東急3250形の移動
池上モハ101→目蒲モハ121→東急3251→静岡鉄道モハ500→モハ16に改番
池上モハ102→目蒲モハ122→東急3252→静岡鉄道モハ501→モハ17に改番
池上モハ103→目蒲モハ123→東急3253→庄内交通デハ103
池上モハ104→目蒲モハ124→東急3254→京福電鉄福井ホデハ304
池上モハ105→目蒲モハ125→東急3255→京福電鉄福井ホデハ301
池上モハ201→目蒲モハ131→東急3256→京福電鉄福井ホデハ302
池上モハ202→目蒲モハ132→東急3257→京福電鉄福井ホデハ303
池上モハ203→目蒲モハ133→東急3258→庄内交通デハ101

京福越前線のホデハ300形と同系統だったのですね。前面は改造されていることもあって若干異なる印象ですが、側面窓配置は1D7D71で同じです。

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 庄内交通 デハ103 ← 東急デハ3253 ← 目蒲モハ123  ← 池上モハ103
 RML68 P46 に デハ101の写真があり、非貫通3枚窓形態となっています。後に更新改造されて貫通扉を設けたようです。デハ103の写真解説には、誕生時から貫通式であった、との記述がありますので、池上101〜105は貫通式、デハ201〜203は非貫通で登場していたということでしょう。

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 京福電鉄 ホデハ304 ← 東急デハ3254 ← 目蒲モハ124池上モハ104
 これも池上100形なので貫通形で登場していることになります。後ろの電車は番号がわかりません。。

制御装置がDKシステムで他車と連結できなかった、という記述が書かれ、次世代の本にも引用記述されているようです。汽車会社製造の電車ですが、東洋電機の電動カム軸式制御装置を搭載していたということですね。

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これはデハ101ですが、主制御器の箱の形が、同じく東洋電機制御器を搭載していた京阪のつりかけ車たちと同じ形の箱です。日本民営鉄道車両形式図集で調べてみようとしたら、1975年4月1日で廃止になっているので、取り上げられていませんでした。しかし京福電鉄の方は存在していたので形式図が掲載されています。上巻 P815 京福電気鉄道モハ301形電動客車によれば、
主電動機:TDK31-SC 出力225kW
制御装置:ES-155A
制動装置:AMM
台車:ボールドウィン
となっています。出力225kWは1両分主電動機4台分と思われますので、56.25kW/台になります。
性能とは違いますが、形式がホデハ301ではなくモハ301になっています。

異なる記述もあって、私鉄車輛めぐり特輯 第U輯 第8分冊 P37〜 庄内交通鉄道線 では主電動機:TDK31-SP 4台
台車:汽車H棒台枠
となっています。 まあね、疑問点も増えてくるので、もうやめておきます。


こういう調べをやる予定はしてなかったのですが、深みに落ち込んでしまいました。奥の方から抜き出した本は、そのまま運転ボードの空きスペースに積んでしまっているので、この先どうなることやら…

2020年07月26日 23:00 | コメント(0) | 古いネガから

2020年07月23日

庄内交通の写真

東北私鉄のWEBページ掲載を続けることにします。 1972年8月ですが、このときの訪問は雨天が多かったです。

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 デハ101+103 (元東急デハ3258+3253)   鶴岡駅  1972年8月20日撮影


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 デハ101+103  湯野浜温泉駅  1972年8月20日撮影

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鶴岡の車庫 車庫内に電車がいましたが撮影できず。


乗務記録
醍醐8:40 〜 金閣寺9:25
金閣寺9:27 〜 醍醐10:30
久しぶりの長距離乗務、金閣寺往復37.5km走行

タグ:私鉄めぐり
2020年07月23日 23:00 | コメント(0) | 古いネガから

2020年07月15日

地鉄の715

古い雑誌などを整理していました。書くことないので日付遊びです。
7月15日、祇園祭の宵宵山の日ですが、四条通りはどうなっているのでしょう。昭和37年(1962)は阪急電鉄の工事のため巡行をやめましたが、山鉾は組まれて居祭りとし、宵山などの行事は行われました。

阪急の715を撮ってないか探しましたが、714と716は撮っていて、京都側の715は撮っていませんでした。なので富山地方鉄道の14715を置いておきます。

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1991年8月24日撮影 稲荷町 クハ12−モハ14712+クハ15−モハ14715

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台車と床下機器です。 D-18 でしたが NA-35 に交換されています。

147が主電動機出力を表しているので、電車の形式としては10形になりますね。715にこじつけるのは無理があるかも…。


タグ:富山地鉄
2020年07月15日 23:00 | コメント(0) | 古いネガから

2020年05月27日

口丹波の秋

初夏なのに秋の写真掲載で恐縮です。

リバーサルで撮影した古い写真のデータ化です。2007年11月27日にJR嵯峨野山陰線で撮ったもので、フィルムは RDPV、カメラは NikonF3 です。
ネガフィルムは2005年で止めてしまっていて、これが最後のフィルム撮影です。

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2007.11.27 2209M 快速 園部行き 113系66連 千代川−並河

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2007.11.27 5046M 特急 きのさき6号京都行 183系6連 千代川−並河

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2007.11.27 臨時のエーデル鳥取車 キハ65系4連 千代川−並河

この前日にもほぼ同じ場所で、コンデジで撮影していました。

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2007.11.26  3065M 特急 はしだて5号 天橋立行 183系6連 千代川−並河

口丹波、口丹 ともよばれますが、京都府の丹波地方南部の呼び方で、亀岡市、南丹市、船井郡京丹波町などの地域です。厳密な行政区域としてではなく、地元の人が一般的に呼んできたものです。行政区域ではないですが、「京都府口丹波勤労者福祉会館」など行政施設名に付けられていたり、勤務していた学校では「口丹波地区大会」のように運動部の大会名に使われています。
「丹波口」は平安京から丹波へつながる街道の入り口のことで、「京の七口」の一つにあたり京都市内になります。また丹波地方ですが兵庫県側は口丹波と呼ばれることはないようです。

タグ:113系 183系
2020年05月27日 23:00 | コメント(0) | 古いネガから

2020年05月26日

フィルム問題

リバーサルで撮影した古い写真ですが、マウントしてないスリーブのまま保存しているものについても変化が進んでいるようです。

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1996年の撮影ポジフィルムです。
左上がフジクロームプロビア100、RDPUです。ネガ袋の向こうは綴じてあるので平らになっていますが、手前は開いているので曲がり癖がついてきてます。スキャナのネガフォルダに入れても平らにはなりません。光源の熱で曲がりが進むようです。
右下はコダック Elite Chrome EB100です。若干曲がりが出ているようですが、RDPUに比べるとまだマシな方でしょうか。
いずれにしても紙マウントにはさんだ方が改善されるような気もします。

高画質デジタルカメラで複写するという方法があるそうですが、資材もそれなりに必要なようです。印刷出版物に提供することは少ないので、自分の機材でできる範囲の作業をしておく程度です。
2020年05月26日 23:00 | コメント(0) | 古いネガから

2020年05月23日

マウント問題

SNSとかでのことではなくて、写真の話です。

リバーサルで撮影した古い写真のデータ化は粛々と進めています。ポジをスライド形式にマウントしてあった分は作業を終了しました。
その作業で、フィルムを挟んでいるマウントの材質によって、長期保存の問題が発生しているのがわかりました。ネガをスリーブ状態で保存していて、劣化が進むとカール現象がおこって丸くなってしまうのはビネガー症候群とかで有名ですが、幸いこの現象はありません。今回のは「プラスチックマウントの反り」という現象に出くわしています。

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マウントしたものは HAKUBA の SlideAlbum に入れているのですが、保存環境はそれほど気にしているわけではないので、通常の気温湿度のまま置いています。

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左のSAKURA のはサクラカラーR100で1973年のもの、右はコダックのエクタクロームで1974年のものです。マウントの厚紙字体はそれほど劣化はありません。エクタクロームはマウント内部でフイルムが変形してきているようです。ビネガーへ向かっているのか?

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フジクロームのプラスチックマウントです。保存状態のを出してみると、右のように四隅へ向かって反りが発生しています。マウント枠の影響を受けて挟んだフィルムも反っているようです。セットしたときに傾きがでてしまい、スキャンしたときに中央部と周辺とのピントに差があるような気がします。
何とか修正できるかなと思い、フィルムをはずしてマウント枠を手でジワジワとまっすぐにもどして見ました。それが左の状態ですが、一度ついた反り癖はいつの間にか反った状態へと戻るようです。逆方向へかなり強めに修正して何とかなるかなという感じです。

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左はKonikaブランドの紙マウントです。自分でマウント用に販売されていたもので、梅田旭屋時代のマッハ模型近くの写真材料店で購入したような記憶があります。右のプラスチックマウントも自分でマウント用品でブランドも店も忘れてしまいました。Konikaの紙マウントが入手できなくなって、これにしたような気がします。ねじれや反りがひどくなってきています。

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左はコダクロームの紙マウントで1993年のものです。良い状態です。右は1990年代後半くらいかな、どこかで見つけた紙マウントに自分でセットしたものです。

保存の仕方も影響があるのでしょうが、プラスチックマウントの経年変化には気がつきませんでした。挟み込み作業をしていたときは、硬くてしっかりしているので紙よりもいいのかなぁ、フジクローム純正仕上げもプラマウントだから…などと感じていたのですがねぇ。

2020年05月23日 23:00 | コメント(0) | 古いネガから