2007年06月22日

ホームドア

写真は京都市交通局地下鉄東西線醍醐駅です。

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ワンマンでATOによる運転を行うため、東西線全駅標準装備のホームドアです。建設時にはコストがかかっていますが、地下鉄としては完璧なシステムなので、遠い将来を見据えれば賢明な方法といえるでしょう。
しかし、電車の写真が撮りにくいのは困りますね。

乗車記録
醍醐7:40普通5517二条
二条8:17普通231Mモハ116-308園部
園部17:33特急5098Mモハ183-1805二条
二条18:07普通5507醍醐

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2007年06月22日 23:17 | コメント(0) | 京都市交

2006年07月16日

今日は宵山

7月14日から17日まで祇園祭の山鉾で賑わいを見せる京都・四条通りですが、ここにも市電が走っていた時代がありました。
1971年7月15日、四条線の最後の祇園祭で、鉾と市電との出会いを求めて撮影に行きました。カメラはコニカオートS、フィルムはサクラカラーN100です。

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「鉾の辻」を望む
四条烏丸南側歩道から西へカメラを向け、四条室町交差点を撮影しています。この交差点の周辺には函谷鉾、月鉾、鶏鉾、菊水鉾の4つが集中してるため、いつのころからか「鉾の辻」などと呼ばれるようになっています。
左に遠く見えるのが月鉾、右側は函谷鉾です。バスが邪魔ですが、中央ドアのバスも当時を語るものとしてトリミングせず入れてしまいました。

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架線は片持ちで
市電の架線は四条河原町から四条室町まで、南側から片持ちのポールで吊られていました。鉾の巡行に支障がないようにということですが、四条室町から西側は写真のようにセンターポールが臨時に建てられていました。月鉾や鶏鉾は、巡行当日は四条通りを横断する形なので、架線をはずしていたそうです。烏丸通りの横断も架線をはずしていたそうです。烏丸御池で作業中を短時間見たことがあるのですが、残念ながら写真はありません。

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函谷鉾の横を急行運転
当時の朝は急行運転が行われていました。1系統百万遍行きです。前面中央窓が広くて側面9枚窓の890形ではないかと思われます。


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長刀鉾の横を通過する1800形
ワンマンカー1800形が西へ向かいます。向こうは四条烏丸交差点です。700形が通過中。

タグ:架線 架線柱
2006年07月16日 10:33 | コメント(0) | 京都市交