2021年01月26日

叡電嵐電126号

叡電と嵐電の日付遊びネタ、いよいよ最後です。両方出してしまいます。

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1971年7月4日 126+24 二ノ瀬−市原
鞍馬行きの先頭車ですがポールを上げています。「センター車掌」と呼ばれる係員が乗務員室でポール操作を行います。後部車ももちろんポールを上げて、「エンド車掌」が操作をします。


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1988年5月19日  126  修学院車庫
125と連結されていることが多いのですが、単独で留置されて貫通側を見ることができました。


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1993年5月4日  126+101  山ノ内−三条口
ゴールデンウィークの多客時、嵐山からお帰りの人たちを回送で迎えに行きます。


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1993年5月4日  126+101  山ノ内−三条口
嵐山から満員の乗客をのせて四条大宮へ向かいます。

2021年01月26日 23:00 | コメント(2) | 叡電

2021年01月25日

叡電125号

まだ何とか続ける日付遊びネタ、嵐電と叡電を交代で出してきて順番では嵐電ですが、嵐電の125号は撮影できておらず、すでに機器流用で代替新造のモボ621形となっていてました。
そんなわけで引き続き叡電125号を出しておきます。

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1987年3月28日  126+125  修学院車庫
山側サイド 床下は抵抗器と空気圧縮機

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1987年3月28日  126+125  修学院車庫
川側サイド 床下は制御器と空気溜

デナ21形のパンタは全車出町柳側、125号は出町柳側が非貫通、鞍馬側が貫通になっています。
なお、山は比叡山、川は高野川で勝手に命名しました。

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1993年3月2日 126+125  宝ヶ池
この日、早春の雪となって、京都市街地北部は積雪となりました。

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1993年3月2日 125+126  貴船口
奥の方へ行ってみましたが、日が昇ってきて雪も融け始めました。

2021年01月25日 23:00 | コメント(0) | 叡電

2021年01月24日

叡電124号

1月23日土曜日、所属クラブの NetMeeting 、40回目です。

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今回は京都隧道倶楽部のH氏をゲストにお迎えしました。

まだ続けられそうなので日付遊びネタ、1月24日です。嵐電、叡電、嵐電ときたので今回は叡電の順番かな。
ポール時代最後の頃ですが、ポール自体はホイール式からスライダ式に取り替えられています。京阪大津線から回ってきたものです。

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1978年9月23日 鞍馬行  デナ126+124  市原

午後の鞍馬行きは空いていますが、出町柳行きはたくさん乗ってます。 
124号は鞍馬側は非貫通のまま、出町柳側を貫通化改造されています。この写真では124号の貫通側を先頭にしているので、パンタ化2連固定化改造過程の途中のような状態と思われます。パンタはまだ取り付けられていませんが、出町柳側にパンタ用歩み板がついてます。

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1978年9月23日 鞍馬行  デナ126+124  市原
上と同じ編成が戻ってきました。展望立席は混雑。

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1988年5月19日 出町柳  三世代の叡電がそろったところ
左 戦前製デナ21形  戦後製デオ300形  冷房車デオ710形

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1988年8月14日 デナ124+122  宝ヶ池
お盆の頃、八瀬遊園系統に2連で入っていた。
2021年01月24日 23:00 | コメント(2) | 叡電

2021年01月22日

叡電122号

嵐電で続けることもできますが、ちょっと変えてみて叡電を置いてみます。

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鞍馬駅発車  1991年6月16日

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貴船口−鞍馬  1991年6月16日 下の流れは鞍馬川

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二ノ瀬−市原  1991年6月16日  下の流れは鞍馬川
鞍馬川はここで流れを西へ向けて鴨川へ合流します。

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八幡前−宝ヶ池  1991年6月16日  下の流れは高野川

鞍馬から追っかけしたようになっていますが、順番をそのように並べただけです。

2021年01月22日 17:00 | コメント(0) | 叡電

2020年09月27日

95周年お祝い

9月27日は叡山電鉄の開業日で、京都電燈時代の1925年大正14年出町柳−八瀬間開業だそうです。 あ、父と同年生まれやなぁ。亡くなって20年経つけど。

さて、何と鞍馬線の写真が多くて、開業区間で撮ったものが少ないです。日付の古い方から八瀬遊園系統を探して、出てきたのが屋根上写真でした。

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デナ21の単行 宝ヶ池−修学院  1987年3月28日撮影

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デオ301出町柳行 丸板は鞍馬線系統 宝ヶ池−修学院 1987年3月28日撮影

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デオ200形 出町柳行 番号読めない 宝ヶ池−修学院 1987年3月28日撮影

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デオ300形2連で叡山線運転 301+302 宝ヶ池−修学院 1988年8月14日撮影

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こんなのを置いているので、手をつけなければ…
2020年09月27日 19:00 | コメント(0) | 叡電

2018年06月10日

ひえいを見た

ミニ運転会のため出町柳近くへ出かけましたが、叡電のゼロ 「ひえい」 を初めて拝見しました。

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ひえいの出町柳到着。左から渡りを通って1番線へ入ります。

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前照灯は上下一灯ずつ点灯するようになっています。

醍醐13:04東西線5505三条京阪
三条13:30特急8001出町柳
出町柳18:29特急3506三条
三条京阪18:44東西線5512醍醐

2018年06月10日 22:00 | コメント(0) | 叡電

2014年07月22日

もう少し続けられそう

家の修理工事などに対応していて、模型の方は手つかず状態が続いています。せめてダブルクロスの写真がないか探してみました。

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標準軌 番手不明 ダブルクロス 叡山電鉄 出町柳駅 2009.05.10

数枚見つけたので、もう少し続けられそうです。
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複線分岐 叡山電鉄 宝ヶ池駅 2009.05.10

一応電車の写真も。 
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叡山電鉄 鞍馬行 橙きらら 904+903 貴船口−鞍馬 2009.05.10


2014年07月22日 23:50 | コメント(0) | 叡電

2008年11月01日

叡山電鉄デオ600形

1975年2月10日撮影 京阪電鉄五条駅 下り線駅舎です。駅前広場の花壇がきれいに整備されています。

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リンク先の「ちょっと楽しい鉄道と趣味の独り言」の取り扱いで京阪五条駅が紹介されていました。自分も撮影していたはずなんですが、ネガを探すのに時間がかかってしまいました。

叡山電鉄のデオ600形が本日ラストランでした。
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1987年3月28日撮影 修学院車庫

ネガのカールと変色が進んできました。はやくデジタル化しなくては…。 

タグ:
2008年11月01日 23:26 | コメント(0) | 叡電

2008年03月18日

トロリーホイールです

ポール電車の続きですが、前日の写真ではスライダーのようにも見えるというコメントをいただきました。で、当日デナ21の連結部分のポールを撮影していたので、ちょっと掲載してみました。

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デナ21形2連   市原駅

他の形式はどうだったか、写真がないのでわかりません。
京阪京津線がパンタを使い始めたのは1970年8月23日ということで、1971年の時点では京阪の中古ポールが京福に来ていると思われますが、まだ交換はしていなかったということでしょうね。
タグ:叡電デナ21
2008年03月18日 23:10 | コメント(0) | 叡電

2008年03月17日

ポール電車の連結運転時のポールについて

なんだかややこしいタイトルで、しかも古い話で恐縮です。1971年のネガに京福電鉄鞍馬線の撮影がありました。デナ21形が主力でがんばっていましたが、ここの話は2両連結の時のポールの上げ方についてです。

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 この写真は鞍馬行き電車が宝ヶ池に到着する前です。デナ21+22と思われますが、出町柳側デナ22のポールだけが上げられており、デナ21は母線引き通しから電気をもらっていると思われます。

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 これは二軒茶屋〜市原間で鞍馬行き電車のバックショットです。番号はわかりませんが、一つ前のコマでこの電車を撮っており鞍馬側が126号のようです。この編成では2両ともポールを上げています。
 この写真から推察すると、鞍馬行きの電車は宝ヶ池〜二軒茶屋間のどこかの駅で、鞍馬側車輛のポールを上げる作業をしていたということのようです。勾配がきつくなるのは二軒茶屋から鞍馬への区間ですが、集電容量を増やすため2本ともあげていたのでしょうか。車掌は二人乗務していたのか、一人で前側車輛のポールを上げに行っていたのか。いや、車掌のポール操作なしで走るのは、はずれたとき危険なような気がします。よく見ると1両目の車掌らしき人が見えますね。
同じような勾配区間をポールで走っていた京阪京津線では、2両連結の後部側だけのポールで運行していました。
こんな昔のことご存じの方は少ないかと思いますが、叡電について詳しい方のコメントいただけたらありがたいです。
 
タグ:叡電デナ21
2008年03月17日 23:42 | コメント(5) | 叡電