2020年09月04日

淡路工事

間に別の記事を入れてしまいましたが、8月28日の阪急電車、淡路駅付近の続きで柴島から淡路です。

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柴島駅を減速信号で出発します。   8330Fの天下茶屋行

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このあたりまで高架の柴島駅でしょうか。建築限界と車両限界のせめぎ合い。

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左に柴島浄水場の付近です。

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いずれ、あの上を走るんですねぇ。

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中へ突っ込んでいきます。 というか、あとからかぶせられたのだけど…

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平面交差はしばらくそのままです。さてどうやって上へ上がるのを切り替えるのか…楽しみ。

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淡路駅へ進入。ホームは変化ないようです。

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巨大建造物を横に、昭和の初め北大阪電鉄、新京阪時代からの駅へ入ります。長くなったり、配線変わったりしてますけどね。

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京都側の構造もすごいですな。トラスの中が京都・千里方面でその上が大阪方面行き。
その先でおおさか東線を越えて、そのまた先で新幹線を越えて下新庄駅です。そして急勾配で地上に降りて旧東海道線をたどりながら、東海道線をくぐって吹田駅です。

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左、千里線 右、京都線、同時発車ですが、千里線電車が出遅れか。

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屋根までマルーンの3300系だ〜

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おおっ、こちらも屋根までマルーンの5300系だ〜。

久しぶりに淡路まで見に来て良かった。 今度機会があったら新神崎川橋梁を見に行こう。

2020年09月04日 23:00 | コメント(0) | 阪急

2020年08月30日

淡路工事

8月28日、久しぶりに阪急千里線に乗る機会がありました。淡路駅高架工事もかなり進んでいることでしょう。期待して先頭から撮影してみました。とりあええず、天六から柴島まで。

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天六の地下からあがって、淀川橋梁へ入ります。

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トラスは直線、線路は曲線。

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この先で線路の移動が行われたようです。

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高架線へ上がっていくところになるようです。脚をつくるためSカーブで仮線になってます。
柴島駅到着までの動画でどうぞ。

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柴島駅です。左側に駅の構造体が作られています。

今日の掲載はここまで。
タグ:動画 阪急
2020年08月30日 23:00 | コメント(0) | 阪急

2020年08月17日

2扉特急2枚板2800系

かろうじて日付がらみを探してきました。

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 特急 河原町行 2817F  西京極−桂  1976年1月5日撮影

2扉で冷房化されて特急板を2枚つけて8連で、最盛期の2800系です。
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 特急 梅田行 2817F  桂−東向日町  1976年1月5日撮影
河原町で折り返してきた2817Fを、少し場所を変えて撮影していました。
上の写真ではあまり目立ちませんが、2817のドア横にはドアカット注意のステッカーを貼っています。この当時、大宮、西院駅はホームが7両分しかなく、8両編成では上り下りとも最後部となる車両のドアを開かないドアカット措置が行われていました。1972年10月特急8両編成化〜1986年7月駅10両編成対応工事完成の期間で行われていました。

この日の撮影なので、ついでに貼っておきます。
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 普通 梅田行 2317F 桂−東向日町  1976年1月5日撮影
2300系は未冷房です。

タグ:阪急2800系
2020年08月17日 23:00 | コメント(0) | 阪急

2020年08月09日

阪急の日らしい

吹田の仕事に行かなくなって、全く阪急に乗ってない撮ってないです。

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自分が最初に撮影した阪急電車 桂車庫 1968年4月14日撮影

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今のところ最後の撮影となる阪急電車  下新庄駅 2018年10月26日撮影

一年以上というか二年近くになろうとしているか。
千里線 新神崎川橋梁はどうなっているのか…
2020年08月09日 21:00 | コメント(0) | 阪急

2020年08月07日

嵐山駅で神京特急板

日付ネタを考えたけどサハ87とか撮ってるのかなぁ。京津線の807とか…撮ってないのかぁ。京津線なら87もありか。
探すのが大変なので阪急の871号を貼ることにしました。

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現役時代には乗ったことないと思われますが、さよなら運転に乗車できました。

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特別製作の神京特急の方向板。

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1枚はウチにあります。 もう一枚は?

2020年08月07日 23:00 | コメント(0) | 阪急

2020年05月02日

惜別 阪急3000系

情報によれば、阪急の3000系が全車引退ということになったようです。最後まで残っていた伊丹線の編成が静かに消えていったそうです。昨今の状況で、引退セレモニーもヘッドマークもなく、いつの間にか運用離脱して、気がつけば廃車リスト入りとなっていた、というパターンが増えていきそうです。

惜別として、神戸線特急時代の録音をWebサイトのサウンドページへ掲載しました。

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自分としては、神戸線を利用するのは模型店へ行くときくらいでしたので、それほどなじみのあった電車ではありません。
京都線の3300系はリニューアル工事されてる編成もあるので、50年を越えてまだまだ使われそうで安心?です。
2020年05月02日 07:00 | コメント(0) | 阪急

2020年04月24日

正雀のデュアルゲージ

京阪から一転して川向こうの阪急、しかも阪神急行時代の電車です。
リバーサルで撮影した写真の一部をPhotoCDに保存していました。CDファイルに入れたまま、音楽とかに混在していたのを探し出しました。PCD形式を扱えるものがなかったので、IrfanViewというのをインストールしてみました。形式変換して保存出来るのでJPGにして掲載します。

阪急電車だけを集めたPhotoCDが3枚あったので、そこから見つけた画像
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正雀車庫のいちばん西側JR寄りの3線区間です。 1994年3月28日撮影
何かの行事だったのか、ここまでどうやって入ったのか記憶にないのです。

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かつては尼崎のアルナ工機からJR線を使って車両を搬入していましたが、今はこのあたりはどうなっているのか…

2020年04月24日 23:00 | コメント(0) | 阪急

2020年03月07日

オールマルーン

古いカラーネガスキャン作業の続きです。

1994年9月18日、大学鉄研OB会の行事撮影会です。阪急梅田駅で、出入りする電車の撮影しました。この時期、6300系だけが屋根上クリームで、ほかは全部マルーン一色塗りです。

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京都線 特急 河原町行 出発 7300系 80のヘッドマークは宝塚歌劇です。

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京都線 急行 河原町行 出発 3300系 3326F 黄色地黒文字幕

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京都線 急行 河原町行 入線 3300系 3328F 黒地黄色文字幕

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宝塚線 急行 宝塚行 入線 6000系 6006F 黄色地黒文字幕

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神戸線 急行 西宮北口行 出発 5000系 5006F 黒地黄色文字幕

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神戸線 普通 須磨浦公園行 出発 7000系 7027F 黒地白文字幕

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神戸線 普通 三宮行 入線 5000系 5004F 黒地白文字幕

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神戸線 特急 新開地行 入線 3000系 3050F 赤地白文字幕

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神戸線 急行 西宮北口行 出発 6000系 6024F 黒地黄色文字幕

2020年03月07日 23:00 | コメント(0) | 阪急

2020年02月26日

北大阪電鉄の駅跡2

隔日になりましたが、阪急千里線、元北大阪電鉄の駅跡を探ります。

1921(大正10)年10月、北大阪電鉄が豊津から千里山まで延伸され、「千里山花壇」と称する遊園地を開業しました。その玄関口として「花壇前駅」が設けられ、その半年後の1922(大正11)年に関西大学が移転して、「千里山駅」と「花壇前駅」の間に「大学前駅」が新設されました。

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くわだんまへ駅−だいがくまへ駅 を地図で確認。 1929年昭和4年 1:25000 吹田
右は現在の地図です。 今昔マップ on the web より

このあたりは地図に対応する航空写真がわかりやすいです。
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Googleをお借りしています。線路の右下方向が淡路、左上方向が千里山です。
赤屋根の関西大学幼稚園の左下線路付近が「くわだんまへ」駅跡になります。
右上側の小高い緑地が「千里山花壇」跡にあたります。

電車からみると
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2018.02.21撮影 豊津−関大前   踏切の名前に「花壇」の名が残っています。

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2018.02.21撮影 豊津−関大前   少し進むと左にホーム跡と思われる場所です。
淡路方面行きはフェンスと通路になっています。

現行の関大前駅の北側に「だいがくまへ」駅がありました。
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線路の下方向が淡路、上方向が千里山です。横方向の道路は名神高速です。
現行の関大前駅ホームは名神の下まであります。名神の北側から線路横が少しふくらんでいます。また右に南北細長い建物があります。このあたりが「だいがくまへ」駅跡になります。

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2016.12.07撮影 関大前−千里山   信号機から踏切までが「だいがくまへ」駅跡

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2018.01.10撮影 関大前−千里山   信号機を過ぎたあたりです
右の建物も「だいがくまへ」駅跡と思われます

駅跡全体をねらって撮影してなかったので、周辺の状況は上から写真のほうがわかりやすいです。

2020年02月26日 23:00 | コメント(0) | 阪急

2020年02月24日

北大阪電鉄の駅跡1

先日のびわ湖鉄道歴史研究会の研究課題として、湖東線の建設の歴史をさぐる学習をしようとなりました。関連して滋賀県を通る計画であった名古屋急行も採り上げていくことになり、名古屋急行を遡れば、京阪電鉄新京阪線であり、関連して北大阪電鉄も…ということになりました。それでまずは、開通当時の地図などから北大阪電鉄の線路変化を見ていきました。
自分は2016年〜2018年に吹田で仕事をしていたとき、通勤に千里線を使っていたので、かなりの写真を撮影しています。その中から北大阪電鉄の遺構らしきものがわかる写真を探してみました。

官設の京都−大阪間鉄道の線路跡を使った北大阪電鉄ですが、神崎川を渡る橋梁が有名でした。
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2016.02.26撮影 下新庄−吹田

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レールを使った架線柱には、「大一五」と記載
北大阪電鉄は大正10年に十三−千里山を開通している。大正12年には新京阪鉄道へ引き継がれ、大正14年二天神橋−淡路間を開業している。

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北大阪電鉄の線路は神崎川を渡ったあと、官設線とは離れて曲線区間に入ります。ここから半径161mで直角に向きを変えて東海道線をくぐりますが、この曲線の真ん中あたりに「東吹田」駅があったようです。この写真では踏切の向こう側です。

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踏切の向こう側、左に木立のあるあたりが「東吹田」駅跡です。この付近から急曲線で左へ分岐して国鉄側へU字に留置線があったようです。

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さらに進んで、ちょうど電車の走っているあたりが「東吹田」駅にあたります。この付近では急曲線で分岐して国鉄側へU字に留置線があったようです。

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国鉄をくぐるとすぐに吹田駅です。「西吹田」駅はホームの先の方にありました。

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吹田駅ホームを西側から見ています。石積みになっている部分が古いホームで「西吹田」駅跡と考えられます。電車の連結輛数が長くなって国鉄側へホームを延長しました。

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東吹田駅−西吹田駅 を地図で確認。 1923年大正12年 1:25000 吹田
右は現在の地図です。 今昔マップ on the web より
2020年02月24日 23:00 | コメント(0) | 阪急