2020年03月23日

逢坂山越え

3月21日の帰り、まだ明るいうちに京津線の先頭に乗れたので山越えを撮影。

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浜大津駅を出発、左へ進路をとります。 半径40mくらい?

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東海道の路上を南へ登っていく。勾配票がない?ので何パーミルくらいかわからない。

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路上から西へ逸れて専用軌道へ。

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JR東海道本線の上を走る。原色編成とすれ違った。

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この付近左側に上関寺駅下り線ホームがあった。

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東海道を東へ渡って、旧東海道線築堤跡を通って右へ。

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南へ向きを変えて61パーミルで登ります。
昭和25年1950年国道1号線工事のため若干東側(左)方向へ移設された。平成25年2013年台風による土砂流入被害のため線路は修復されバラストが新しい。

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名神高速の下を行く。この付近40パーミル前後。

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この先で一旦水平になります。この先で右へ曲がって逢坂山トンネルへ。

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制限20km/hでほぼ直角に曲がりトンネルに入る。

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トンネル内は登り勾配。出たところが京津線逢坂山越えの頂上です。


2020年03月23日 23:00 | コメント(0) | 京阪

2020年03月11日

バスと電車

少しお出かけしてきました。官鉄旧東海道線沿いを走る京阪バスで見学です。

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ポストに日本鉄道模型の会のハガキを入れてから、#86大宅行の到着を待ちます。

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大宅の京阪バス車庫 #21小山経由山科駅行に乗り換えます。

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名神高速に沿って、明治時代の官鉄旧東海道線跡を走ります。

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鉄道時代は25‰勾配でした。この付近に大塚信号場があったらしい。
前の急勾配は東海道新幹線を乗り越すところ。

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新幹線を越すところです。残念!何も通らない。

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このあたりの旧東海道線は、名神の路盤になってしまいました。

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コンビニがわりと多いです。

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山科 小山バス停 名神京都東ICの下です。

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洛和会音羽病院の前を通って、国道1号線へ入ります。

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国道1号線 ジョーシン山科店

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東野交差点を曲がって山科駅方向へ。

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山科駅バスターミナルへ入ります。 バス旅はここで終了。
まだ時間があるので京津線電車を撮影しました。

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太秦天神川行 807F 京阪山科−四宮

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びわ湖浜大津行 816F 京阪山科−四宮

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十禅寺踏切から四宮駅を見ると電車がきました。

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太秦天神川行 811F 京阪山科−四宮

山科駅へ戻ることにして、原色塗装がこないかなぁ…と期待

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キター! びわ湖浜大津行 804F 京阪山科−四宮

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四宮駅へ進入 びわ湖浜大津行 803F 京阪山科−四宮

乗車記録
御霊ヶ下町9:46京阪バス#86か3121大宅
大宅10:30京阪バス#21か2440山科駅
山科11:50地下鉄東西線5103醍醐
2020年03月11日 23:00 | コメント(0) | 京阪

2020年03月05日

麒麟電車が来た

びわ湖鉄道歴史研究会へ参加しました。会場は大津市生涯学習センターです。

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急に暴風雨になったり、晴れたりの変わりやすい天気でしたが、JRはダイヤ通り動いていました。

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754T 快速 野洲行 の先頭車に乗りました。

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中継進行! 信号機は右端です

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逢坂山トンネルに突入!

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トンネル内 閉塞信号機

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大津駅到着 雨が降ってきました。

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膳所駅で下車して石坂線に乗り換え おおっ!「麒麟がくる」ラッピング編成が来ました。

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後ろが空いていたので電流計などを見ましょう。
マスコンは70km/hまでの5km/hきざみで速度指令ノッチになっています。
膳所本町駅出発 起動して力行電流が流れます。

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60km/h指令で走行中。主回路を切って惰行するのではなく、界磁位相制御で電流を微調整して定速走行します。

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ノッチを戻すと、その速度まで回生ブレーキが効きます。
錦駅に停車するので、ノッチを戻しながら速度を下げていきます。停車寸前で回生ブレーキが効かなくなったら、ブレーキ弁で空気ブレーキをかけて停車します。
オフの逆にあるBノッチは何だろう?? 発電ブレーキかな?

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609−610 膳所本町−中ノ庄

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帰りに旧塗装車に出会いました。 びわ湖浜大津 709−710

乗車記録
醍醐12:04東西線5514山科
山科12:27快速754Tクモハ223-2103膳所
京阪膳所12:40石坂線609膳所本町
膳所本町17:07石坂線612びわ湖浜大津
びわ湖浜大津17:19京津線806京阪山科
山科17:38東西線5213醍醐

2020年03月05日 23:00 | コメント(2) | 京阪

2020年03月03日

東海道をくぐる4

京阪電車京津線の線路変遷を地図でたどってみます。

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明治42年測圖 大正元年8月25日発行
1/20000 京都南部、膳所、 今昔マップ on the web より
京津電気軌道建設中の発行ですが、測圖が古いので建設中線路は書かれていません。官設東海道線は南回り大塚経由で、逢坂山は旧トンネルです。

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大正8年6月30日発行 1/200,000 京都及大阪 作者所有紙地図
京津電気軌道は大正元年に三条大橋−札ノ辻を開業しました。三条大橋−御陵、追分−大谷西側、逢坂山トンネル東側−上関寺、長等公園下−札ノ辻は東海道との併用軌道です。官設東海道線はまだ南回りです。

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大正11年測圖 大正14年10月30日発行
1/25000 京都東南部  今昔マップ on the web より
東海道線の25‰急勾配緩和のため、新たに東山トンネルと新逢坂山トンネルがつくられ、大正10年に新線へ切り替え、南回りの旧線は放置となりました。それでも10‰勾配となって、東山から山科の大築堤を蒸機が行き交うシーンが展開されました。その大築堤の山科側付近で、京津線との影響があるため、京津線線路を付け替えて築堤の北側へ持って行き、Sカーブで東海道線をくぐる形になりました。

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現在の上からの写真をお借りします。

2020年03月03日 21:00 | コメント(0) | 京阪

2020年02月28日

東海道線をくぐる3

2月25日の京津線沿線歩きの続きです。

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JRトンネル道踏切から地下線へ向かう800系です。

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東海道に戻って西へ向かいます。三条通りと合流します。

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東海道線をくぐります。

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右側2線が上り線、左側2線が下り線です。時期によって桁も異なるようです。

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セブンイレブンのあたりが地上時代の線路跡です。

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フェンスの内側付近が旧線跡です。

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旧地上線時代は三条通りを踏切で斜めに通っていました。

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旧線路跡は整備されて「陵ヶ岡 みどりの径」となっています。関所のような門は整備時に建てられたものと思われます。線路があったときは門はありません。

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「陵ヶ岡 みどりの径」へ入って振り返ると地上時代のルートがわかります。

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周辺案内図が設置されています。地形に合わせているので南北が逆になっています。

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案内板の図に、この付近の線路変化を書き込んでみました。
大正元年、京津電気軌道が開業します。東海道線をくぐるSカーブはなくて、東海道の路面を走っていたと思われます。大正10年東海道線の大築堤ができるので、京津線の線路を移動、Sカーブでくぐるようになりました。

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「陵ヶ岡 みどりの径」へ入って御陵駅方向へ進みます。

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枕木を使った遊具?があります。おそらく京津線のものと思われますが、由来を書いた掲示板などはないので確証はありません。

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地上時代の御陵駅跡に出ました。縁石から緑の付近に浜大津行ホームがありました。

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こちらは三条行ホーム跡です。この道はさんで互い違いの位置にホームがありました。

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整備のいわれを書いたものがあります。

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線路があった時代には、左の樹木はないですね。

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線路はこのあたりから三条通の路面へ出ていました。

そのまま歩いて地下鉄御陵駅へ。だいぶ歩いたような気がしましたが、それでも1万1千歩でした。
2020年02月28日 23:00 | コメント(0) | 京阪

2020年02月27日

東海道線をくぐる2

突然の全国休校要請に驚いています。自分はもう現場から離れたので、直接の影響はないのですが、二男の嫁が大阪で高校の非常勤講師をしているので、どんな対応になるのか気になるところです。
3月21日〜22日の池袋鉄道模型芸術祭に出展予定をしていますが、情勢は微妙です。
芸術祭に出展予定の成城中・高校はどうするのかなぁ。春休みまで休校ですから、3月中は子どもたちの活動もできないでしょう。
お子さまに人気のLゲージとかも出展してますが、子ども連れで会場へ来る人も少なくなる気がします。

さて2月25日の京津線沿線歩きの続きです。

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大正元年、京津電気軌道として三条大橋−札ノ辻間を開業した時には、東海道線は伏見回りの経路でした。このSカーブもありませんでした。そのまま東海道に沿って西へ向かって線路があったようです。


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線路跡はもうわかりませんが、それらしき所をたどって東海道へ戻ります。

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左側が東海道です。少し西へ向かい、路地を北へ曲がります。

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東海道線をくぐるトンネルがあります。

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むこうに京津線の踏切が見えます。レンガは、ねじりまんぼではありません。

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トンネルを出た踏切です。

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踏切名がそのままw 元は国鉄トンネル道だったのかなぁ??

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電車が来ました 太秦天神川行 800系 京阪山科−御陵
JR線列車とは出合いません。

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汽笛の音がしたので上を見ると、赤い機関車がコキを1両だけ牽いて行きました。

続く



2020年02月27日 23:00 | コメント(0) | 京阪

2020年02月25日

東海道線をくぐる1

所用でJR山科駅へ出かけましたので、周辺を少し歩いてみました。東海道に沿って西へ行くと、京阪電車京津線が東海道線をくぐるところへ行くことができます。

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JR山科駅前ビルの下に設置の 「旧東海道」 標識
西方向(左)の方へ歩いて行きます。

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安祥寺道へ入ります。

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京津線 安祥寺川橋梁。
安祥寺道は東海道線をくぐって向こうの山へ続きます、というか大正期に盛土高架で線路を作ったものです。

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安祥寺川橋梁にさしかかる京阪800系 びわ湖浜大津行

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踏切から京阪山科駅を遠望

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東海道へ戻って、さらに西へ。 五条別れの石標史跡

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狭い道を線路方向へ入ると、この場所へ出ます。
フェンスにわずかのすきまがあるので、そこからこの角度で撮影可能。

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Sカーブで東海道線をくぐる 京津線 800系4連 びわ湖浜大津行
京津線電車とJR列車をツーショットで捉えるのは機会が少ないようです。

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古地図で確認。明治42年測圖大正元年8月発行1:20000膳所
東海道線は南回り大宅経由、京津電軌は未開通の頃   右は現在の地図

御陵まで歩きましたが、とりあえず掲載はここまで。

乗車記録
醍醐10:49東西線5509山科
御陵14:02東西線5415醍醐

2020年02月25日 23:00 | コメント(0) | 京阪

2020年02月22日

日付記念入場券

びわ湖鉄道歴史研究会へ参加しました。会場は大津市生涯学習センターです。

JRで行く予定でしたが、20分以上の遅延が発生していたので京阪に変更。日付記念に京阪山科駅で入場券を購入しました。

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券売機では発行できなくて、改札窓口に申し出ます。特別補充券の冊子を出して書き込んだりハンコ押したりして、係員氏にお手数をかけてしまいました。

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四宮では原色塗装車も含めて3本が留置されていました。

研究会終わって、今日は急ぎで帰ります。
びわ湖浜大津駅発車シーン動画、原色塗装編成が引上線へ入るところを車内から撮影。

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札の辻付近を逢坂山へ、東海道路面の坂をのぼります。人も自動車も少ないなぁ。

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上関寺からトンネルへ。 梅かな? 満開状態でした。

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逢坂山トンネルは勾配区間。 トンネルを出たらサミットで下り坂。

東海道を下っていく動画。左側、旧官鉄東海道線の路盤石垣があらわれます。

さて昨日、友人が亡くなったので通夜に行きます。

乗車記録
醍醐12:04東西線5515山科
京阪山科12:30京津線811びわ湖浜大津
びわ湖浜大津12:46石坂線602膳所本町
膳所本町16:10石坂線608びわ湖浜大津
びわ湖浜大津16:25京津線808京阪山科
山科16:45東西線5115醍醐
醍醐17:35東西線5612山科
山科17:52新快速モハ222-2003京都
京都19:46新快速クハ222-2067山科
山科20:01東西線5612醍醐

地下鉄一日乗車券にすべきだった。

2020年02月22日 23:00 | コメント(0) | 京阪

2020年02月16日

京都市内路面時代

古いカラーネガスキャン作業の続きです。
1992年9月20日、大学鉄研OB会の行事で、京阪京津線の撮影会へ行きました。三条から御陵まで撮りながら徒歩移動、御陵から大谷まで電車乗車移動、大谷から逢坂山を越えて上栄町まで徒歩移動しました。

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神宮道付近に歩道橋がありました。上から撮り放題でした。 605-606

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三条行 普通 81-82  歩道橋から

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準急のすれ違い 601-602

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四宮行 普通 85-86  山越えにかかります。

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四宮行 普通 85-86  山超えて路面に入ります。 九条山−日ノ岡

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大谷駅へ進入  準急 浜大津行 607-608

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準急 三条行 701-702  大谷駅旧ホームから

大谷駅はホームがカーブにあって800系4連が止まれないので、ここの直線部分に移動新設されました。地下鉄東西線乗り入れ対応です。

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逢坂山トンネルに入る三条行準急

それにしてもネガのベース色の劣化が進んでいて、色味の調整に時間かかっています。で、時間かけても技術力不足なので、それらしい色にはならない、できないんですよね〜。

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2020年02月16日 23:00 | コメント(0) | 京阪

2020年02月09日

街道を行く京津線

2月6日の研究会で京津線の線路について学習を行いました。
地図で確認してみます。

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大正11年測圖 昭和6年部分修正測圖 二万五千分の一地形図 京都東南部

明治13年7月 官設鉄道 東海道線 京都−大津間開業
大正元年12月 京津電気軌道 三条大橋−札に辻間開業
大正10年 東海道線 ルート変更 東山トンネル−現山科駅−新逢坂山トンネル
昭和7年 国道整備で京津電軌 追分−大谷間 専用軌道化
昭和9年 国道整備で京津電軌 大谷−上関寺間 専用軌道化

上の地図では東海道線が新ルートになっています。使われなくなった旧東海道線のルートは築堤跡として書かれています。京津電軌の追分−大谷間はまだ併用軌道になっており、大谷−上関寺間にも併用軌道が見られます。

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大正11年測量 昭和47年修正測量 昭和49年4月30日発行 1:25,000 京都東南部

名神高速道路が旧東海道線跡地を使っていることがわかります。しかし旧逢坂山トンネルは埋められてしまい、京津線より高いところに蝉丸トンネルを掘削しています。旧東海道線は旧逢坂山トンネルを出て京津線をオーバークロスしていましたが、その跡地は一般国道1号線の整備に使われました。
狭隘な区間は路盤の使い回しで交通の確保をしているのですね。新幹線は少し南の音羽山トンネルを直線で通っています。
2020年02月09日 23:00 | コメント(0) | 京阪